ふれあうことの大切さ~上島竜兵さんの死が教えてくれたこと~



上島竜兵さんの死

お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが急逝されてから、早いもので1ヵ月が過ぎました。
上島さんにとって師匠とも呼ぶべき存在の志村けんさんが新型コロナウィルスに罹患しお亡くなりになったときも、世間には大きな驚きと悲しみが広がりました。しかし、今回の上島さんの死には、驚きや悲しみといった感情を超えた、名状しがたい複雑な思いが多くの人から寄せられていたように感じています。そんな思いの根底にあるものについて、今回は少し詳しく考えてみたいと思います。


明るさの陰にあったさびしさ

上島さんの直前のご様子について、さまざまな報道が飛び交っています。
死の2週間ほど前、ダチョウ倶楽部の3人で登場したイベントでは、いつもと変わらぬ明るさで、ジョークも飛ばしていたといいます。他方、上島さんといえば「竜兵会」というキーワードがすぐに出てくるように、多くの後輩たちから慕われ、また、上島さんご自身もそうした場でのふれあいをとても大切にしていたとのことですが、コロナ禍以降は大勢で集まるのが難しくなり、かなりのさびしさを感じていたとも伝えられています。

コロナ禍によるふれあいの喪失

もちろん、死に至る原因はご本人にしかわかりません。
専門医の立場からいうならば、もしかしたらご本人にさえよくわかっていなかったとも見ることができます。それでも、「押すなよ」で有名な熱湯風呂やけんかしてチューなど、他者とふれあうことを前提とした芸を披露する機会をコロナ禍によって奪われ、さらには仲間との交流の機会も奪われる。そんなふれあいの喪失が少しずつ、本人でさえ気づかないうちに上島さんの心を蝕んでいったのだとすれば、とても悲しく、残念に思えてなりません。そして、改めてコロナ禍のおそろしさを実感する次第です。


ふれあいが大切な理由とは

ここまでの内容を整理すると、上島さんの死には「ふれあい」という要素が非常に大きく関わっているといって差し支えありません。ご自身の命ともいうべき芸を奪われ、さらには大切な仲間との交流の機会をも奪われる。そんな二重の意味でのふれあいの喪失が、すでにコロナ禍でダメージを受けていた心に最後の一押しを与えてしまった。
 あくまで個人的な推測にはなりますが、私はそのように考えています。
 人の心にとって、ふれあいとはそれだけ重要なものであり、日々の生活でふれあう機会の多い人ほど心の病にかかりにくい傾向が見られます。ふれあいは人の心にプラスの影響を与えます。そんなプラスの影響について、もっとも直接的なふれあいの1つであるハグを例に挙げながら、さらに詳しく見ていくことにします。


ハグが人の心に与えるプラスの影響

ハグをすることで、人の脳内には2つの物質が分泌されます。それら2つの物質とは、β(ベータ)エンドルフィンとオキシトシンです。
まず、βエンドルフィンですが、これにはモルヒネを何倍も上回る鎮痛効果があります。さらに気分が高揚したり、幸福感が高まったりという効果を得ることもできます。ここからβエンドルフィンのことを「幸福ホルモン」「脳内麻薬」などと呼んだりする人もいます。後者の表現は必ずしも適切ではないといえますが、それだけリラックス効果やストレスを軽減する効果が認められているわけです。マラソンなどでも「ランナーズハイ」といって、苦しみの先に幸福感を覚える場合があります。こうした状態もβエンドルフィンの効果がもたらすものの1つです。
 次に、オキシトシンについて見ていきます。オキシトシンにもβエンドルフィンと同様、「幸せホルモン」「愛情ホルモン」といった呼び方があります。オキシトシンの分泌により幸福感や安心感が高まることが確かめられているからです。特にオキシトシンの場合には、他者との関係を深めてくれるという効果が認められています。より深い愛情を抱く、そして心のつながりも深まっていく。愛しているからハグをするわけですが、ハグによってさらに相手への愛情や信頼感が強くなるという相乗効果が存在します。ハグの文化が存在しない日本人にはなじみのない部分ですが、外国人がハグを大切にしている理由はこうした点にあるといって間違いありません。


ハグに代表されるふれあいが与えてくれるもの

上記の通り、ハグによって脳内でβエンドルフィンとオキシトシンの分泌が活発になり、私たちは幸福感と信頼感を得ることができます。もちろん、ハグだけに限らず、さまざまな方法でふれあうことによって、同様の効果を得ることができます。
「そうはいうけど、ハグの相手なんていないし……」
そんな思いになっている方もいらっしゃるかもしれませんが、例えばぬいぐるみなどを抱きしめることでも一定の効果が得られます。大切なのは、何かと実際に接している事実、そうした接点を通じて幸福感と信頼感を回復すること。これら2点なのだといえます。
今の生活にふれあいがない、幸福感や信頼感を抱く機会が減ってしまった。そんなことを少しでも感じるならば、その違和感を決して放置しないことが大切なのです。


幸福感と信頼感をいかに高めるか

コロナ禍以降の社会は、ふれあいの機会を大きく喪失しました。上島さん以外にも多くの芸能人の方が自ら死を選ぶという悲しい選択をしています。
そんな悲劇を繰り返さないためにも、そして私たちが悲劇の当事者とならないためにも、失われたふれあいの機会を回復し、幸福感と信頼感を高めていく必要があります。ご家族に囲まれている方々は、恥ずかしいかもしれませんが、ハグなどのふれあいの機会をぜひとも持っていただきたいと思います。恋人や友人、またはぬいぐるみでも大丈夫です。それでもどうやったらよいかがわからない、他にどんなふれあいの方法があるのか知りたい。そんな疑問をお持ちの方は、ぜひとも専門医などにアドバイスを求めてください。私たちのような専門医はそんなときのために存在しているのです。
心に幸福感と信頼感という栄養を与え続けること。体と同じく、心にも栄養は必要です。栄養不足のまま長い時間が過ぎれば、心は回復不能なほどのダメージを受けてしまいます。その大切さを、私たちは上島竜兵さんの死から学ぶべきなのではないのか。悲しみのなかでそんなことを強く考えています。